東日本大震災~仙台若林区から~4月1日(金)

私は仙台が大好きです。
学生の頃から住み始めて、20年近くなります。
町並みはコンパクトですが
東北では、流行の発信地でもありましたし
刺激的な事も十分すぎるくらいありました。
一生のお付き合いができる友達とも出会い
恋をして、無理をして、めちゃくちゃ悩んだ時もありました。
そんな中、主人と出会い、子宝にも恵まれ幸せに暮らしていました。

そんな住み慣れた地を離れることにしました。

主人の転勤がきっかけではありますが
偶然ではないような気がします。
地震がなかったら
きっと主人は無理をしてでも車で通勤したと思います。

地震で感じた事。

仕事場と自宅は近い方がいい。
親戚とは近い方がいい。
家族は、けして離れてはいけない。
大切な人は誰か、大切な事は何か。

原発から逃れられる距離ではありません。
たった27キロ先です。

でも、一晩で家族が決意出来たのは
地震があったからだと思います。

とにかく、一家の主には
負担をかけない。
家族一丸となれば、何でも乗り越えられる。
転校する長女を全力でフォローする。
どんな事があっても、家族は一緒。

長女は偉かった。
少しだけ泣いたけど
「転校先で頑張る」と言ってくれた。
離任式の日がクラスのみんなと逢える最後の日になりました。
そこで長女は・・・
「転校しても私はがんばり続ける。サッカーチームも決めました。
これからは今までのチームがライバルになります。でも、私は楽しみです。
みんなも頑張って下さい」
と、挨拶したそうです。

泣いて「行かないで」と言ってくれたお友達がいたそうです。
男の子も泣いていたそうです。

娘は、逆に慰めて
「隣の町だから、遊びに来るよ」
と言ったみたい。

私は全力で、娘をフォローしたい。

今日、友達にメールをしました。

私は新しい場所が楽しみです。
主人も私も、居を構えることが嫌でした。
「いつでも身軽に、どこへでも行ける自由人でいたい
財産はいらない。最低限の持ち物で暮らしたい」
主人の退職後は、キャンプ生活をすると決めていました。

今回、震災で色々な事を学びました。

それを生かして、これから
家族という小さな社会の幸せをかみしめ
自分たちの心のケアをまず行って
気持ちに少しでも余裕ができたら
人様のお役にたてるような活動をしていきたいと思っています。

それまでは、こうして
書き綴るしかありません。

隣の町には
姉夫婦がいます。
実家にもぐっと近くなります。
大切な人の近くで、少し安心です。
姉も飛び上がって喜んでくれました。
母も「引っ越し手伝うよ!」とやる気満々です。
仕事が無くなってしまった私に
実家の会社を手伝ってくれと言ってくれた。
色々、変わりそうです。

ありがとね!

引っ越しは4月16日です。

物は少ないとはいえ、部屋の中は大変な事になっていますが
来ていただける方はお待ちしています!
美味しいお茶を煎れますね!
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