新しい環境


4月16日にお引っ越しをしてから10日がたちました。
昨日インターネットが繋がり、全ての環境が整ったところです。
こちらにきてからもなお、必要ない物が出たり、買い換えた物も沢山あり
そんな日常を送っていると、暮らすって楽しいな。と感じました。

長女はたくましいです。

初登校の日からいたって「普通」。
友達をつくり、グループの班長になり、放課後は公園でサッカーをしていました。
正直、子供のことは心配していませんでした。
親が不安だと不安になるものです。
私はこの引っ越しが楽しみだったし、実際わくわくしていましたから
子供だってわくわくのはずなのです。

アパートは珍しい間取りで
部屋に階段があり、上に部屋がついています。
一軒家でいうところの二階部分が
子ども達の新しい部屋になりました。

大喜びです!

ここ冨谷には、小さな商店街があります。
駄菓子や文房具を扱っているお店、ここはかわいらしいおばあちゃんがいます。
もともと煙草やさんみたいです。国産煙草がない中
どっさりとストックがあり、主人は大喜びでした。

小さな魚屋さん、肉屋さん
300年以上前から続く酒屋さん
カウンターだけのお寿司屋さん
骨董やさんがありました。
長女の運動着を買った呉服屋さんの奥様は
なんと私の母の同級生。
なんとなく町並みも、私の故郷の岩出山に似ています。

この一週間の間は
静かで淡々とした日常がありました。
朝起きてお茶をゆっくり頂き、朝食を食べ
洗濯をして掃除をする。
買い物に行ったり、姉が同じ町内なので遊びにも行きました。
主人の職場も自宅から近くなったので
夕食も一緒に食べられます。
洗濯物をたたみ、もとの場所へ仕舞い
夕食の後片付けを済まして、子供とお風呂に入る。

「お休みなさい」

そんな毎日でした。
仕事は自宅でできるものだけやっています。

ゆっくりと。

そんな言葉がぴったりくる日々でした。

震災の事は常に頭にあります。
放射能の影響で、洗濯物を外に干せなかったり
窓を開けられない日もありますが
この現実をやっと受け止められるようになりました。
これから何十年も続くことですから
うまく付き合っていくしかありません。

こんな穏やかな日々の中で
起こってしまった地震被害です。
いつ、どんな時に起こるか解らないことにおびえるのは
もう止めようと思えるまで、心は回復しています。
それより、日々のやるべき事を
ひとつひとつ、丁寧にこなして
やはり淡々と生きていきたいのです。

話はかわります。

私には「夢」があるのですが・・・

しかし、どうもその「夢」のあり方、自分がどうなりたいかというのが
本質的には変わらないのですが、この震災で
どう「叶えるか」という過程が明確になったように感じています。
そのことを試されるような出来事が、引っ越しの最中にあり
選択を迫られました。

私の出した答えが正しいのかは解りません。

ただ、断った後に
「ほっとした」というのが
全ての答えだったと信じています。

直感を信じたいと思います。

めまぐるしく変わっているように感じた日々。
それは見慣れない風景や、人々との出会いがそうさせる錯覚で、
本質は何も変わっていないと感じます。
「暮らす」とは「生きる」とは
そういうことだと、思っています。







日々淡々。
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