カテゴリ:心の深いところで感じること( 34 )






今日、藤崎のお歳暮の
専属マネキンさんの、最終日。

挨拶と荷物を取りに
藤崎に行ってきた。

業者の搬入口からバッチをもらって入店。
薄暗くて、古い専用のエレベーターで7階へ。
他のフロアーのマネキンさん達が
次々とエレベーターに乗る。
時には大きな搬入物も乗る。

私は荷台に搬出物を乗せ
7階から地下2階へ移動する。

表の売り場とは
全く違う様子の裏が
私はずっと前から好きだった。
懐かしいというか・・・
あぁ、私はこっち側の人間だ、と合点納得する。

それは、身体の奥底で感じる事で
全く理由なんかわからないけど
表より裏に魅力を感じるのだ。
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毎日、毎日。
自分の思いを綴ってきたのに
近頃の忙しさで
日々のつれづれを
消化できずにいる。

駆け足で過ごした
震災からの2年間。

まだまだ
この旅は続くようだ。

新しい出会い。
今まで出会った人とは
再び「向き合って」いる。

何だろう。
この感覚は、きっと充電なんだと思う。
私の充電は・・・
じっ・・・っとして電気を頂くのではなく
動いて、動いてチャージしていく
「自家発電」なんだと思う。

私は、次のステージの
下準備中。




なんだと、思う。
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私の食事日記
最近、日々の出来事を一言だけ書くようになった。

平常心で行こう。心穏やかに。
そうだ!カフェで読書をしよう。
両親と話をした。
必要のない物を捨てた。
娘、日産プリンスカップ。
眠い、だるい、重い。
わかった。「白シャツ」
夜、眠れなかった。
やることがいっぱい、疲れる。
手のぬくもり、丁寧なモノ作り、大量でない。
必ずやろう、少しずつ。
言い方に気をつけよう。
今日で愚痴は終わり。時間の無駄。
もう少しで終わる。
娘、東北大会断り、新人戦で勝負。
娘、フリーキックで1点。
娘、大事な場面で1点。仲間とハイタッチ。

こんな感じ。

なんのこっちゃ?と人は思うかも知れないけど
私にとっては、沢山の記憶の引き出しの数々。
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私が大学生の時に亡くなったおじいちゃん。
ユーモアがあって
お洒落で
格好良かった。

そのおじいちゃんが
時々、無言で涙を流すときがあった。

つー・・・っと流れる一筋の涙を見つけて
「どきっ」っとしたことが何度かあった。
何で泣いているかは
言葉にして聞いたことはなかったけど
おじいちゃんはよく戦争の時の話をしてくれたので
幼いながらに、戦争のことを思い出しているのかな、と感じていた。

多分、その憶測は間違いないと思っている。

おじいちゃんは、人間にとって一番大切なことを
色々な物語を通して教えてくれた唯一の大人だった。
戦争の話をしてくれたとき
中国の人とふれあった、何気ない日々のことを話してくれた。
戦争の酷い経験や、苦しかった思いはけして語らず、
その土地で感じた美しくはかない毎日の
移りゆく一日の流れだけを、話してくれた。

そして、優しいような哀しいような顔をしていた。

なぜ、そんなことを思い出したかというと
私も戦争ではないけれど
3.11という大震災を経験して
同じように、涙が流れるときがたまにあるから。

誰かに分かってもらおうというのは
多分、限界があるんじゃないかなと思う。

おじいちゃんも
そんな感じだったのかな、と思った。
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微妙だ。

なんと、次女の入園生活は
三日目にして早くもスランプに陥った。

理由は、何てことはない。体調不良である。

はりきりすぎと緊張とで
お腹を壊してしまったらしい。

火曜日から三日間
お腹が緩いままだ。

疲れてしまって
寝ていることが多かったけど
今日は大好きなサスペンスを見ている。
木の実ナナがお気に入り。

次女のお陰で
私も寝っぱなしだった。
実は私も、あらゆるところが微妙におかしかったところで
夜、早く寝ても疲れが取れず
膝は痛くなるわ
ヘルペスは出るわ
背中に意味不明の湿疹が出るわで
「何かが体の中で起きている」感は
いくら鈍感な私でも分かったくらいである。

体の中から「何か」が出ているのだから
「まぁ、いいや」と、デトックス気分で
水分を沢山とってゆっくり休んでいた。

〆切の原稿だけは何とか間に合わせ
実家のハム屋は、休みをもらった。

今朝、次女にこんなことを言ってみた。

「幼稚園に行く?」
「・・・えー!!やーだぁー!!もういかなーい」

・・・もう、行かないのかい(笑)
これにも主人も大笑いで
「・・・早かったね、登園拒否」

長女の時なんか
主人とふたりで「このまま学校に行かず、ニートになったらどうする」
・・・なーんて悩んだのにさ、私たちも大人になったよね。

体調が悪いときにこんな質問した私がアホだった。

人間、体が微妙におかしいときは
心も同時におかしくなっているから
建設的な気持ちにはなれないのを知っていて
子供にはついつい・・・ね。
言ってしまうのだよ(笑)・・・。

子供の方が
大人より、そんなこと
ずっと敏感に体中で
気がついているのにね。
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あぁ・・・。一週間が終わる。
実家の手作りハム屋の修行が始まってから
一週間の流れが同じように続いています。

めちゃくちゃ忙しいわけでもないが
絶対「ヒマ」な日がない。
必要最低限の職人しかいないので
誰かが体調を崩すと、少し忙しくなるけど
ほとんど同じリズムでモノ作りは進みます。

全ての行程は手作業です。
ラジオや音楽というような音もいっさいかけません。
黙々と、ただ頭の中をまっ白にし
手を動かしていると
ありとあらゆる「感覚」が研ぎ澄まされるようです。

日々の淡々と流れる時間に
少しでも変化があると
職人さん達は敏感にそれを感じ取ります。

五感で感じ取るのです。

休憩の時のお茶が
とても美味しく感じます。

そして、今日という日の作業が終わると
えもいわれぬ充実感に包まれます。

私はそんな毎日を送っています。











日々淡々。
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昨年の秋に、足の大けがをして
今年の5月まで病気休暇を頂いています。

最初は慣れない生活と
動けない苛立ちでかわいそうでしたが
最近、主人の心に変化を感じています。

ケガを受け入れる強靱な精神力には
本当にびっくりしています。
そんな彼ですから、私が何も言わなくても
きっと「何か」に気がつく時が来ると信じて
主人の好きなようにさせ、何でも肯定して寄り添ってきました。

最近、感じるのは
彼は自分と向き合っているのだな、ということ。
小さい頃の夢は「探偵」だと聞いたことがありました。
近頃の主人は、世の中の流れ、政治、歴史を調べ
自分なりに何かの答えを探しているようです。
それが、楽しそうなのです。
そんな主人の背中を見ていると
あ、なんか探偵みたいだ。と感じてしまった。

「ねぇ、小さい頃の夢さ・・・探偵だったよね?」
「うん」
「・・・そうやって、調べ物して何かを探っている姿、探偵みたいだね」

主人、ふふんと言って満更でもなさそう。

探偵にはならないにしても
私は、主人が今の仕事を
辞めるんじゃないかなって思っています。
そうなったとしても、別に驚きもしないけど
震災を経験して思うことは

「人生はそんなに沢山の時間があるわけではない」

ということ。好きな事は後で、なんて言ってたら
終わってしまう・・・。だから、シンプルに考えると
やりたくない仕事をやる必要はないと思っています。
もう、あんなにびっくりする事は今後、そんなにないと思う。
3.11を経験したら何でも乗り越えられるよ。

これまで、私たち家族の生活を支えくれたのだから
これからはみんなで頑張ろうと
私は本気で思っています。










えいえいおー!だな。
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年が明けました。


いつもと同じような、一日を迎えています。
一つだけ違うのは
引っ越しをしてから初めてのお正月、ということ。


年末、震災の特番が多く
家族でそれを観ました。

あの日の事を何度も何度も振り返り
「私たちは生きていたね、その分頑張ろうね」って
少し、まぶたをぬらしながら話しました。

私は震災を経験して
自分自身と向き合ったとき
こんな事を思いました。

自分に残ったモノは何か。
これから残したいモノは何か。
何も残らなかったとき、頼られるのは「自分」というデータ。
どんな優れたコンピューターでも、止まってしまえば使えない。
誰と繋がっていたか。

震災後、私は小さなメモ帳と鉛筆を持ち歩くようになりました。
そして、以前よりも静かに過ごすようになりました。
沢山の事を知るより、自分の内側からあふれ出てくる
感情、記憶、匂い、空気感。
そういうものに目を閉じ耳を傾けたい、と。
それを書き留めたい。

丁寧に、丁寧に。

今年は、どんな年になるのでしょうか。
大きな世界の動きの中で
私はただ、おろおろと右往左往して
おびえているかもしれません。

ただ、ひとつ。
今年は自分をしっかり見つめていきたい。
それだけ。それだけなんです。
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昨日で実家の仕事を終わらせ
今日からお休みに入りました。
今年は主人が大けがをしてしまったので
お互いの実家には帰らず
家族でゆっくり過ごすことにしました。

さて、今年は大変な年でした。

震災は私たちの生活から
大切なモノを持って行ってしまいました。
あの日から、ずっと心が空虚で
なかなか立ち直れませんでした。
何だか生活の全てが微妙に狂い始め
「普通」が何なのか分からなくなったように思います。

1年前にイメージしていた40歳の自分と
今、現実にある風景の私は全く違ってしまいました。
私の日常が、こんなにも激変したのは
やはり震災の影響だと思います。
たまに、「もし震災がなかったら」と考えてみたりします。

まず、引っ越しはしていない。
実家の仕事はしていない。
主人は大けがをしていない。
長女はこんなにサッカーで結果は残せていない。
死ぬ前にやりたいことに気がついていない。

色々な出来事は、全て意味のあることばかりでした。
見える現実のカタチはずいぶん違ってしまったけど
何を大切にしなくてはいけないのかを
改めて確認させられた一年でした。

始まるモノは始まり、終わるモノは終わった。
今までの任務が終われば、次が自然にやってくる。
そのことに一生懸命に取り組めば
きっと、ぼんやりして見えなかったことも
見えてくるに違いない。

私は、そう思っています。

物事の「終わり」は誰が決めるのか。
それは自分の判断しかありません。
古いモノに執着し、人の評価やお金の損得で判断すると
苦しくなってしまう時がきます。
本当に自分の判断で決めたことなら
苦しくても乗り越える力がわいてきます。
簡単に「やーめた」なんて言えません。

今年は「生きる」ことで精一杯でした。
来年は「生きてて良かった。頑張って良かった」って
心からそう思いたい。

季節の風の変化と共に
時間は確実に進んでいるんだって、毎日感じたい。
太陽が昇る。月が暗闇を照らす、ということに
感謝して生きたい。

ただ、同じような日常が送られることに
幸せを感じたい。










日々淡々。
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今日は大荒れの天気。
娘のサッカーの試合も中止となり
久しぶりの家族全員での休日です。

午後からWOWWOWでトイ・ストーリー3を鑑賞。
私は日頃の疲れからうたた寝・・・。

しかし。

昨日から余震が多くて不安な気持ちになります。
多すぎじゃないですか?

水のストック、食品をチェック、
車のガソリンも満タンにしました。

福島原発もまだまだ安心できる状態ではありません。
時折、あの日からの数ヶ月の出来事を
思い出してみます。

今年最後の月は
穏やかに、安心して暮らせるよう
私は祈っています。
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