カテゴリ:東日本大震災~仙台市若林区~( 55 )





次女の体調不良が長引いていて
土日では回復しなかった。
それでも何とか今日から登園開始!

初日から無理をさせてしまったので
今日は午前帰りの時間に
迎えに行くことにした。
午後からお医者さんにも行くし
何よりも、次女の心の回復が先である。

今日はご近所の人と一緒に登園。

なんと、話してみないと分からないことだらけで
隣のアパートに住んでいたT君とそのお婆ちゃんは
被災して福島県から引っ越してきたそうだ。
T君の両親は、相馬市でお店を開いているので
そっちで頑張っているという。
原発事故による放射能汚染で
そちらにいるのは過酷だというので
二人でここへ来たらしい。

私が被災後、引っ越してきたアパートにも
南相馬市から来た方がいる。
みんな、本当に辛くて哀しい思いをして
引っ越してきたのかな。と思うと
今でも胸がぎゅっとえぐり取られる思いになる。

そう、私も間違いなくその一人なのだ。

心のどこかにぽっかりと空いた大きな穴は
こんな日常の中、何気ない出来事や出会いで
また見え隠れしてしまう。
それが悪いことだと言いたいのではない。

「無常」

そっちの方が、近いような気がして。
[PR]






四月を前に、慌ただしく今年度の仕事の整理をしています。
本当に苦手な事務処理・・・。辛いです。


実家の仕事である「手作りハム屋」に
本格的に携わっていく覚悟です。
近頃は看板の手直しなんかも業務内容に加わり(こっちの方が本職)
忙しくも、楽しい毎日を送っています。
今年はホームページを立ち上げますよ(今更ですが・・・)
実家で働きたい。と考えるきっかけとなったのは
やはり、震災後です。
何を大事に、何を最優先していくかを
心の深いところで、自身と向き合い話したから。

そして、あいコープみやぎでの
石けん普及活動・脱原発活動については
一旦、退こうかと考えていました。
実家の仕事で精一杯だからです・・・。
しかし、昨年の活動の成果が
目に見えて現れ
石けん普及活動の講師依頼が何件かきたり
仙台市と連携して行ってきた
責任ある立場での仕事も中途半端になってしまうという理由から
こちらもお受けすることになりました。

震災後一年。

改めて社会に対して私たち市民が
声を大にして言わなければならないことは言わないと!

とにかく、原発問題にしても復興予算にしても
悔しいことで一杯なんです。
東北を見捨てないでほしい。
「私たちはここで生きていますよ!!」

その悔しさを
東北の人達で共有し
沢山の活動に反映していきたいです。
[PR]





3.11から、あと一ヶ月で一年になります。
テレビでの報道、政治家の言っていることは
あまり本当ではないということが
被災地に住んでいると、哀しいけど分かります。
地元のテレビ局、新聞社の方が
信用できるなぁ、一緒に闘っているなぁと感じます。

私には小学校4年生のと4歳の娘がいます。
チェルノブイリの例を参考にした場合
原発事故から、早い人では5年、そして10年から20年くらいの間に
甲状腺の癌や、白血病になり
今でも苦しんでいる方が多くいます。

考えたくないけど
自分の大切な子供達は
きっと大丈夫と思いたいけど
心のどこかで、覚悟みたいな気持ちもあります。

何か、でっかい穴が空いて
埋められなくなってしまった感覚。
それが原発事故です。

ずっと、この解決しない問題と
生きていかなければならなってしまいましたね。

たまに、とてつもなく
心が空虚になるときがあります。
[PR]



先週の木曜日、被災地亘理町で石けん学習会を開きました。

ひとつの村になっている、仮設住宅。
そこの中心にある「集会所」では
色々な集まりがあるようです。
ご婦人方はそれが楽しみで仕方がないといいます。
特に人気があるのは「手仕事」。

編み物や縫い物って・・・
女の人は大好きですよね!!

今回の「石けん教室」を企画したのは
あいコープみやぎの石けん環境委員さんの一人のたいこさん。
たいこさんは私よりずっと年上の、素敵な女性です!
私が石けん環境委員会を取りまとめる事になった時
一番応援してくださったのが彼女なのです。

「タカサキさんの好きな事をやりなさい。私はあなたについていくから!」

私はその時、号泣寸前でした。
たいこさんに後押しされて、精神的にも頼って色々なことを乗り越えました。
仙台市に企画を提出して、プレゼンをするときも
「そばにいてくれるだけでいい」
と私はわがままを言い、彼女は会場にきてくれた。(結果、企画は通ったのです!)

そんな、たいこさん。

震災直後は落ち込んで落ち込んで落ち込んだそう。
そんな精神的なショックを、徐々に取り戻し
被災地に応援にいくまでに回復したのです。

たいこさんは、お料理も上手。
この日は東北のお茶のみには欠かせない「漬け物」や
菊の花の酢の物、海草の和え物、メインは美しい「おはぎ」を作ってきてくれた!

石けんの話なんてほんのちょっとで
お茶のみして、世間話して終わったけど・・・。

その世間話の中で
ちょいと気になったことが。

「亘理の仮設、とくにここはお年寄りばっかりで、外からこうして何かイベントを
行ってくれる人があまり来ない」
「みんな手仕事をしたいとおもっている」
「亘理町ならではの、仕事になるようなものってないかな?」

・・・たしかに。

気仙沼ではTシャツを売っていた。
石巻でも、缶バッチ、エコバック・・・。
仙台荒浜でも缶バッチ・・・。
浜のミサンガ、ハンモック・・・。

きっと誰かが仕掛けて、プロデュースして
ちょっとした手仕事を、被災地の人達にやってもらい
そこの人達の収入にする。というもの。

亘理のそういった活動はあまり聞いたことがありません。

何かできることはないか・・・。
たいこさんは、一生懸命考えています。
[PR]





仙台は9月末の台風が去ってから「秋」になりました。
まるでそれは「はい。今日から秋でーす」という感じで、突然やってきました。
びっくりですよ。

長袖、レギンス、もこもこの靴下、ブーツ、コート・・・。

夏の後半、本気で秋が来るのか心配になっていて
暑い日々に飽き飽きして、
「ブーツ履きたいぃぃぃぃ!ドクターマーチンがあたしを呼んでいるぅぅぅぅ」
と大騒ぎしていました。

そんなわけで・・・

衣替えでーす。

大好きな秋・冬物をだしてにんまり。
問題は・・・子供達の成長です。
明らかに長女の服はダメです。はい、買い換え。
次女、きーちゃんはどうでしょう・・・?

大好きなピンクのダウンジャケットは・・・もうダメだろうなぁ・・・
と思いきや、着てみると余裕がある。なんで?
・・・ああ、解った!
きーちゃん・・・たてに伸びたんだね。
そういえば、このピンクのダウン着てさ、震災の時の寒さを凌いだよね・・・。
その時はお腹がぱんぱんで(笑)チャックをしめるのがやっとだった。

冬物を見ると、思い出すね。震災。
寒くて、でも電気が無くて、何も買えなくて
布団にみんなで足を入れて、ジャケット着てさ・・・

やっぱ、五感が覚えている。

時間がすぅーっと戻るような感じが一瞬したけど
大丈夫。洋服はそのままの大きさだけど
子供達の体と心は確実に大きくなっいるのだから。
[PR]





・・・悲しいね。
[PR]
FEEL仙台主催の、「未来プロジェクトin仙台」という企画に企画書を出したところ
なんと書類審査をパスして、二次審査の市民への公開プレゼンの切符を手に入れました。

この企画の主旨は『持続可能な社会』をつくっていくために、
環境配慮型行動を社会に広げていく企画を採用し、実施するというものです。
部門は二つ。
そしてテーマは「震災復興と環境」です。

「環境の芽部門」
環境活動のはじめの一歩の取り組み
助成金5万円

「環境の樹部門」
環境に配慮した行動を広げる取り組み
助成金 30万円

私は初挑戦にもかかわらず
環境の樹部門に大胆にも応募しました。
プレゼンは模造紙1枚、持ち時間5分、質疑応答5分、アピール1分です。
内容は「見直そう!ライフスタイル!」
化学物質に頼らない生活を提案しました。

震災後、ボランティアで活動してきた
「被災地の洗浄活動に石けんを使う」ということ、大量のハエの発生に
化学物質フリーの「ハエ取りペットボトル」を被災地で作り、広げたこと。
そして、節電のために「グリーンカーテン」を広げること。
肥料は生ゴミリサイクルを使って育てます。

全て、化学物質に頼らない「持続可能な社会」への挑戦です。

プレゼンが終わり、たくさんの質問があった中、
答えられなかったのが一つありました。

「この活動を、どうやって仙台市民にひろげていくか?」

私、何て答えたと思います?
笑っちゃいますが、こんな感じです・・・。

「そこなんです。何かいい方法はありませんか?」

審査員は環境に関するNPOの代表だったり
大学の先生だったり・・・
私としては「そこを知りたくて、またはそれを普及してもらうために応募した」ので・・・
しかし。主旨には「広く市民にアピールできること」と書いてあった(トホホ・・・)
私の一言はまさに「自滅的」だったようです。

でも、終わってから
他の団体さんとお話しをして
「気持ちがすごく伝わって来た!」
「何か一緒にできることはありませんか?」
と嬉しいお言葉を頂きました。

やってみないと、問題って浮き彫りになりません。
私も今回の公開プレゼンで、何が問題かわかったし
どうやって「市民」にアピールするかに
みんな、頭を抱えているのだと感じました。

良い取り組みをして
本物を追求している小さな市民グループが
これから一つになって
何かできるのでは・・・と感覚的に手応えを感じて帰ってきました。

多分・・・

二次審査はダメだとおもうけど
挑戦してよかったと思っています。
[PR]



震災後の厳しい夏。
気仙沼、女川、石巻は大量のハエ発生に苦しんでいます。
同時に有害化学物質による特殊な肺炎が深刻なので
町の人達は、化学物質系の殺虫剤を使いたくないそうです。
劇薬、ネオニコチノイド系・・・出回っている殺虫剤は
今後の生態系に対して配慮がなされていません。

南の海沿いである、名取、岩沼、亘理、山元は蚊の大量発生で困っています。
しかも、今年は蛙が姿を消してしまったそうです。
そこでこちらでも体に優しい虫除けはないか、ということで
私たちの団体に連絡がありました。

そこで、ある気仙沼の主婦が考えた
ハエ取りペットボトルを、石巻に普及中です。

砂糖100グラム
酢70cc
酒50cc

を混ぜ合わせ、2リットルペットボトルにハエの入り口をつくり
そこから少量入れてつるすだけ。
1日にペットボトル半分のハエが確保出来ます。
化学物質フリーなので、お子さんが近づいても大丈夫です。
ただ、これは屋外では有効なのですが
室内では、なぜか確保できないという難点もあります。
それでも石巻ではとても重宝されています。

南の沿岸部には
精油と消毒用エタノールと液体石けんを使った
虫除けスプレーを普及してきます。

化学物質系の虫除けが
物資として届く前に、市民レベルで解決した例です。
何もやってないわけではないでしょ?
工夫して、知恵を出し合って
環境にも配慮し、次世代に恥じない方法で
ハエを駆除しているのです。

たかがハエとか
口がさけても言わないでくださいね。
そして、ただ薬だけまいて
問題を解決するなんていう
乱暴な駆除の仕方は
絶対しないで下さい。

私たち東北には
守るべき自然と海があるのですから。
私たちは今、地球を借りています。
借りた物は今以上に良い状態にして未来にお返しする。

子供達に
私たちを育てた大人はみんなバカだった、と
言われないように。
[PR]


生活協同組合、あいコープみやぎの総代会が
昨日開催されました。

ふくしまあいコープの理事長の話は
本当に危機迫るものを感じました。
「内部被曝は、免れない。体の中の被曝量を限りなくゼロに近づける努力をしている」
とにかく、あの日以来ありとあらゆる文献を読みあさったそうです。
その文献は、全て外国の物。
日本のものはほとんど参考にならなかったそうです。
あいコープふくしまの機関誌を全国民に見て欲しい。
こんなことが実際起こっているんだ・・・ということ。

そして、自殺者が増え続けているのだそう。

「原発さえなければ・・・」
そう殴り書きされた遺書を残して。

宮城県石巻市の、髙橋徳治商店の社長の話には涙が止まりませんでした。
「国民が垂れ流しにした『有害化学物質』が含まれたへどろをかぶった。なんで俺のとこなんだ?」
髙橋社長は、自社の練り製品に添加物を入れない製法で、作っています。
中身のびっしり詰まったおでん種は、汁の上に浮かびません。
そして、合成洗剤を使うな!海を守ろう!
と、ずっとずっと訴えてこられた方です。

「なんで俺のとこなんだ?」

脱原発は当たり前。
石けん使うのも当たり前。
議論の余地もないと、社長は呟いていました。

復興の影に隠れつつある
被災地の声。
お弁当を持っていけない高校生は増え続けているそうです。
炊き出しは激減。
あの日と変わらない、瓦礫の街。

「アイディアを出さなかったら、応援をしない?」

あなただけには言って欲しくなかった。
ここに住んで生きていく人達の中から出る意見ならまだしも
原発の心配もない、食べることにも困らない
あなたにだけは言われたくなかった。

東北は見捨てられるのですか?

東北人は、けして国に甘えているわけではありません。
自分たちでなんとかしようと努力をしています。
それでも経済支援だったり
ここまでがんばっているけど
頑張ってもできないことってあるよね?
そういう所に国って入るんじゃないんですか?

実際、動いているのは
「草の根」的な市民グループ、NPOです。
そういう信頼できる人達と、復旧作業をしているのです。

国の仕事って何だろう。

国会議員の人達に、1日でも良いから
ボランティア作業を手伝って欲しいです。

実際、体を動かして体験すると
本当に良くわかる。









「被災者の目となり、耳となり、口とならなければいけない」
賀川豊彦氏の言葉です。
[PR]




若い頃、そうですね独身の頃かな。

守るべき人が、「自分だけ」。
仕事は時間なんて関係なくバリバリ行い、
一気に片づけ、どんどん先に進むイメージ。

そんな「一気に進む」という仕事の癖が残っていて
毎日ちょっとずつ・・・というスタンスが
歯がゆく感じていました。
一気に進まないと、仕事をしている感じがしなかったのかも。

今は、家事も仕事も子育てもこなさなけてはなりません。
しかも子供の成長は、まさに「生き物」です。
理想でなんか絶対進まない仕事。
想像もつかないことが起きて、かなり落ち込むこともしばしば・・・。

最近、3つも4つも仕事が重なり
かなりハードですが・・・
とても楽しい日々と感じました。

毎日少しずつ、できることを計画的に進めました。
締め切りだけはきっちり守り
その間の過程は、私流。

家事の合間に企画書をちょっとずつ・・・
朝、家族がまだ寝ているときにちょっとずつ・・・
次女が機嫌良く遊んでいる瞬間にちょっとずつ・・・
会社に行っても、多くをやろうとせず
ひとつ出来ればよしとする。

ちょっとずつ・・・。

一気に片付けられる事はなかったけど
気がつけば、計画通り進んでいました。
それでも時にはバタバタしたり、
じっくり考えたり、助けてもらったり、助けたり・・・。

震災後は、そんな当たり前の人との関わりが
何だか嬉しくて、楽しくて、たまに涙が出ました。
こんなに優しくしていただいて
ありがとう、感謝しています。

いつ何が起きても
後悔しない「生き方」を
東北の人達は、知らず知らずのうちに
しているんじゃないかなって
思う時があります。

復興も、一気には進まないけど
ちょっとずつ、ちょっとずつ。
あの日から変わらず
太陽は昇り、日が沈む。
満月だって無くなっていなかった。
季節だってちゃんと変わっている。

「まだまだ大丈夫」

そう感じながら歩いた
6月が終わります。
[PR]